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エレベーターの閉ボタンを押しながら

いつもの仕入れの帰り道で 建物の前に掲げられた 閉館のお知らせが目に入った
かつては船橋の老舗宴会場だった「〇〇〇プラザ閉館のお知らせ」だった。
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もう何年も前に宴会場から雑居ビル的な建物になってはいたんだけど、その昔は「ブライダル〇ャトー」と言う名前で 市内のウェディングシェアをかなり持っていた場所だ。

実は この仕事の修行中に勤めていた会社で 
僕はここの担当者をしていた、もう三十年くらい前の話である。

僕がここの担当を引き継ぐちょっと前に〇〇〇プラザって言う名前に替って
ウェディング以外の仕事もたくさんあった
おりしも時代はバブル期である、芸能人のディナーショーやら
会社の忘年会新年会等の利用もあった

ここの会場でフローリストとしての僕は鍛えられたと言っていい
本当に鍛えられた
ほんっとーーーーに鍛えられた
嫌になるくらい鍛えられた。

宴会場のバックヤードには 向こう5日間ほどの請書が張り出されていて
その請書の「生花」の欄を自分で控えて会社に帰り、社長に報告して仕入れの段取りをしてもらった

それは暗黙の了解で「勝手に注文を控えて勝手に納品する」のが通例となっていた
前任の担当の先輩からキッチリと教え込まれた
宴会場から連絡が来ることは無かったので 追加の注文が無いか確認するため、配達に出たついでに毎日のように足を運んだ
自分の休みの日でも近くを通ると寄る癖がついた

それでも宴会当日になると 卓上花の注文が一つ増えていたりして
「開宴までに会社に戻って作ってくる時間は無いので、現場で何とかして一卓分増やす」
というサバイバルな仕事を迫られたりもした。

宴会場の責任者さんも厳しい人で 花や段取りが悪いと怒鳴られたりした
「このタコっ!」 って怒鳴られた事もあった
当時ハタチそこそこだった僕は くやしくて搬入エレベーター内で泣いたことがある。

忘れられない失敗は ウェディング一式の請書を見落としたまま 法事かなにかの装飾花を納品に行って
ウェディングのセッティング完了された会場の前で それを見て「すべてを悟った」瞬間である
披露宴開宴まで2時間も無かった
〇〇〇プラザの「公衆電話」から会社に電話するとき、手が震えたのを覚えている

その時僕は個人的に数か月後に結婚を控えていた時だった
自分の結婚式に 花屋が花を忘れたらどんな気分だろう?
そう思うと 本当に怖くて手が震えた

会社に急いで帰って怒号が飛び交う中、装飾花を作って なんとかぎりぎり時間には間に合った
間に合ったのは 時間であって 作品としては間に合って無かったと思う
その時のご両家には 本当に土下座したい気持ちである

僕がこの仕事をやめるまで 背負っていく十字架だと思っている。



そんな思い出の〇〇〇プラザが閉館した

僕の悔し涙が落ちたあのエレベーターも
初めてウェディング一式を飾ったあの「〇〇の間」 も
先輩のH本さんと走った狭いバックヤードも
西〇君に引き継いだ卓上花を増やすスキルも

なんもかんも すべて 昔話になる。





by garland1992 | 2016-08-14 15:43 | Comments(0)